鳥羽図鑑

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九鬼嘉隆【くき・よしたか】

九鬼嘉隆は鳥羽城を築いた戦国武将。海上戦術に優れ、水軍の将として織田信長、豊臣秀吉に仕えた。朝鮮出兵では、大艦船「日本丸」を建造し、主力水軍として活躍した。晩年の関ヶ原の戦いでは、親子が東西に分かれて戦い、敗軍に味方して自害した。
鳥羽城は海に向かって大手門を開いた水軍の城で、鳥羽の浮城とも呼ばれた。現在は石垣だけが当時の面影を伝えているが、城跡から鳥羽湾を望むことができる。

九鬼家の菩提寺、常安寺の本堂裏には、嘉隆をはじめとする歴代当主の五輪塔墓碑がある。屋根瓦には九鬼家の家紋が記されている。

また、答志島には、自刃した嘉隆の首塚と胴塚、血洗池があり、山頂部にある首塚からは海が一望できる。