鳥羽図鑑

一万年の歴史を誇る海洋民族文化

海女文化【あまぶんか】

海女。素潜りで、アワビやサザエ、海藻などを獲ることを生業にする女性たち。
海女たちは息の続く限り海に潜り、手に持てるだけの獲物を手に海面に上がってくる。この実にシンプルで根気のいる漁は、遠い昔から現在まで、着衣や道具類に少しの進化は見られるものの、ほとんど変わりなく続いている。

実は日本には5千年ほど前の縄文時代に、海女のように素潜りで漁をする人がいたと伝えられている。実際、鳥羽市浦村の白浜遺跡では、鹿の角でできた海女漁の道具らしきものが見つかっており、この地域での海女の存在を今に伝えている。

海女は神宮とのつながりも深い。天照大御神を伊勢の地に祀った倭姫命が、鳥羽の国崎﨑を訪れた際に、オベンという名の潜女にアワビを差し出されたことをから、神饌として献上することになり、それは平成の今も続いている。

海女漁には数々の約束ごとがある。例えば、「口開け」と呼ばれる海に潜ることができる日は、日数や時間などの取り決めがある。獲り過ぎないよう、ウエットスーツは一家に一着という決まりがある地域もある。海女たちはそれを守り、今日も海に潜っているのだ。

文化といえるこうした海女たちの姿は、太古の漁法を今に伝えている。海女文化を後世に伝えるため、ユネスコの世界無形文化遺産の登録を目指している。

海女の身を守る まじない

セーマン、ドーマン【せーまん、どーまん】

深い海の中でたったひとりで漁をする海女。危険を免れ、安全で大漁を願う気持ちが、まじないとなり、今も生き続けている。

海女が頭に被る磯手ぬぐいや、漁の道具類などに、星型の印の「セーマン」と、格子状の印「ドーマン」が、糸で刺繍されているのを見掛ける。これは、海女たちが海の危険や不思議な現象から身を守るためのまじないだ。

セーマンの星型は一筆書きで元の位置に戻ることや、始まりも終わりもないことから、魔物が入り込むことを防ぐといわれ、一方のドーマンの格子は多くの目で魔物を見張る、という言い伝えがある。

陰陽師と関係するという説もあり、セーマンは安倍清明、ドーマンは芦屋道満の名に由来するともいわれる。