梶井基次郎『海』(遺稿)

幼い頃父親の仕事の関係で鳥羽に暮らした基次郎が、 その頃の生活の記憶を描いたのが「海」である。
「(前略)それは実に明るい、快活な、生き生きした海なんだ。
未だ嘗って疲労にも憂愁にも汚されたことのない純粋に明色の海なんだ。
遊覧客や病人の眼に触れ過ぎて甘ったるいポートワインのようになってしまった海ではない。
酸っぱくて渋くって泡の立つ葡萄酒のような、野性の、コクの強い、野ばんな海なんだ。
波のしぶきが降って来る。腹をえぐるような海藻の匂いがする。
(中略)そこは僕達の家がほんのしばらくの間だけれども住んでいた土地なんだ。」
日和山灯台